最後の手紙

「遺書でもなく、事務的な遺言状でもなく、精神的に愛したひとに、『最後の手紙』を描こうとするとき、思い当たらない、という事実が、私の胸を針のように刺した……あまりに、それは、寂しい……。」

 先程、「やすらぎの郷」(7月6日放送分12:30~12:50;テレビ朝日の連続の昼ドラマ)のなかで、作家菊村栄(石坂浩二)が独白するシーンで、このような上記のような詞があった。

 観ていた私も、心を抉られるような衝撃を受けた。

 同時に、ふたつの作品が、私の脳裏に去来した。

 ひとつに、三島由紀夫氏の「天人五衰」のラストに本田繁邦が思う内容。

 ふたつに、心の病や生きにくさを日記形式でネットに吐露し、(死後、日記の一部が書籍化された)「卒業式まで死にません」の著者である故南条あや氏(満18歳没)の4つの詩を思い出した。特にそのひとつの「私のことを」という詩が思い出された。

 「私が消えて

  私のことを思い出す人は

  何人いるのだろう

  数えてみた

  ・・・

  問題は人数じゃなくて

  思い出す深さ

  そんなことも分からない

  私は莫迦

  鈍い痛みが

  身体中を駆け巡る」

「私のことを」と「名前なんかいらない」のふたつをみても、4つの裡には、一見、矛盾するような表現もある。

 しかし、これら4つの詩に共通することは、死の前に、信頼する恋人に託すように送られたことだ。

 彼女の死因は推定自殺のままだ。

 致死量に満たない処方薬の乱用だったが、リストカットオーバードーズのような自傷行為のため、心臓の弁に穴が開いてたようだ。

 しかし、彼女は、「死のうとしていること」をいうことのできる相手がおり、その点は、菊村と異なっている。

 眼前で鳴り続ける携帯電話の前で、彼女は向精神薬等により、意識が遠のくなか、どんな想いで、いたのだろうか。看取られる暖かさというものに包まれながら、彼女は亡くなったのだと、私は信じたい。

 「やさらぎの郷」の菊村を通して、倉本聰氏が描き出す、「虚無感」・「孤独感」は、多くのひとびとと逢いながらも、結局は、何を手にしたかわからない年月の痛みではないだろうか。

 三島由紀夫氏の「天人五衰」の死を悟った本田に「.......何もないところに来てしまった。」といわしめている。

「死」の在り方を考えるとき、私は、

 最後の手紙を描ける人生が、やはり、羨ましい。

 と思う。