Φという記号が、どこか、似つかわしい「少年A」と呼ばれたひとが、いた。

 私は、「一番、美しいところで、止めない行為」を厭う想いを持つ、三島由紀夫氏と坂東玉三郎氏に憧れている。

 三島氏の『天人五衰』のなかの本田繁邦にも、坂東氏が坂東氏の『鷺姫』を封印した経緯にも、その想いをみるように思う。

 

 ところで、Φ(小松勇作編『数学 英和・和英辞典』(共立,1979年)3通り載せていた2番目のものはまったくの空集合の意味でのϕ(ファイ)である。

 Φを視ると、「少年A」と呼ばれたひとが、いた、ことを思う。

 最終的には、「彼の背景を紐解いていきたい」と思う。先ず、

 

What  is THE reason to be such a murder?

 

 を少年Aが好んだ、ダリの「燃えるキリン」という絵画に描かれている『松葉杖』をkeyにしながら、考えてゆきたい。

 ところで、松葉杖は、「補助器具」として、治療期間の「一時期」に於いては、必要不可欠だ、と私は、思う。

 しかし、松葉杖を、治癒に必要な「一時期」を超えて、用いることは、逆効果であろう。

 何故なら、「補助器具」に傷を癒すまでの「補助」の「役割」を、何時(いつ)までさせるか見極めない限り。治癒した脚に漫然と「補助」を着けていれば、本来の脚の筋肉量まで戻ることなく、「歩きづらい」感覚が増し、「やはり松葉杖が(まだ)要る」とデフレ的なスパイラルに陥るように、私は感ずる。

 

 それは、私自身が、統合失調症等々の治癒の過程で、多剤処方に甘え、抜け出すのに苦労した、と感じているからかもしれない。

  

  DSMに拠れば「人並み外れてこだわりの強い人」は、『発達障がい』とされているし、DSMに則れば、現代では『統合失調症』とも「診断」されるであろう人物たちで、私が天才だと思う人物、を、まず、3人上げたいと思う。

 Ⅰ.エヴァリスト・ガロア(発音はワに近い;Évariste Galoisガロア※1以下ガロア)やⅡ.クリストス(フリストス)・ディミトリオス・パパキリアコプロス(ギリシャの数学者なので、ギリシャ表記:Χρίστος Δημητρίος Παπακυριακόπουλος※2以下パパ)、Ⅲ.サルバドー・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネクSalvador Domènec Felip Jacint Dalí i Domènech※3以下ダリ)は発達障がいなのかい?統合失調症なのかい?と問いたくなる。

 Ⅱ→Ⅰ→Ⅲとみてゆきたいと思う。

 

 Ⅱ.位相幾何学トポロジー;geometric topologyの学者、パパは、「『ポアンカレ予想が証明できるまで』恋人との結婚を棄て」、非常に時間に過敏であるため、「毎日8時にカフェ朝食をとり、8時半から11時半まで研究、1時間の昼食のあと12時半からまた研究を再開し、15時に誰とも話さずに「談話室」でお茶を済ませると、16時には研究室に戻るといった生活を送っていた。

 人付き合いはあまりなく、15時のお茶の時間以外はほとんど人前に姿を見せなかった。徹底した秘密主義者でもあり、談話室で他学者に自分の研究内容を話すことはなく、いつも独りであり、パパは渡米してから逝去までの25年以上、あるホテルの同じ部屋で暮らしており、一度しか祖国に帰らなかった。

 パパには米国内に身よりはおらず、葬式すら行われなかったという。墓所の場所も明確にはわかっておらず(プリンストン大学には共同墓地があるが、そこに葬られているという記録も確認できない)、生前に見知った人たちにもパパの墓の場所を知る人はいないようだ。

 現代にパパがいたならば、パパのいた時代より、パパは酷い「異常・狂気」の「治療すべき患者」になっていたかもしれないと思うと、ぞっとするのである。