【修士論文(2015年1月)はじめに】 『絵画療法の可能性』を描くにあたって より

はじめに
 精神医療の現場において世界共通の基準を導入することが合理的とする風潮 があるが、本当にそうであろうか。 確かに人間本性の同一性という観点からは合理的であろう。しかし、私は人 間とは「とき」と「ところ」に依っても規定されると考えるので、世界共通の 基準を導入することに疑問を感じる。
 日本の哲学者・和辻哲郎(1889~1960)が著した『風土』によると「風土」 は単なる自然現象ではなく、その中で人間が自己を見出すところの対象であり、 文芸、美術、宗教、風習などあらゆる人間生活の表現が見出される人間の「自 己了解」の方法であるという。この規定を基に和辻は、具体的な研究例として 1. モンスーン型 2.砂漠型 3.牧場型 4.ステップ型 5.アメリカ型という分類を確立 し、それぞれの類型地域における人間と文化のあり方を把握しようとした。
 現代(2014)の日本の精神医療の現場は、米国の診断基準であるDSM ( Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 精神障害の診断 と統計マニュアル )を導入し、薬物療法が中心である。その薬物も同じく米国 の製薬会社アップジョンが 1982 年に開発し、承認を受けたトリアゾラム、1856 年にイギリスで発見されスイスのガイギー社が改良・製品化した三環系抗うつ 薬、イギリスグラクソ・スミスクライン社で開発された SSRI(1991 年にイギリ スでセロキサット、1992 年にアメリカでパキシルの商品名で市場に出た。)と 欧米発のものが多くを占める。日本では 2000 年あたりから、パキシルのマーケ ティングのために軽症のうつ病を説明する「心の風邪」という言葉が用いられ た。
 日本独自の療法は、1919 年に森田生馬により創始された精神療法である森田 療法があまりに有名であるが、森田正馬は薬を使わず、いわば「思考」の形の 変容を療法の主軸としている。しかし、現代の精神医療の現場では、欧米由来 の対症療法(薬物療法)との融合や欧米由来の薬物療法が中心となっている。
 私は第 1 章で、薬物市場と自殺者数の変動時期に発生していた事象に着目し、 DSM薬物療法中心の治療の問題点を指摘。第 2 章では、西欧の対症療法的な治 療と日本の非対症療法的な治療を比較検討。第 3 章では、日本と欧米の絵画の 相違の根拠を和辻哲郎の『風土』に求め展開。第 4 章にて、日本における八王 子平川病院での絵画療法の可能性を考察。第 5 章にて、デュルケムの『自殺論』・ 仏ラ。ボルト病院の取り組みを基に現代日本の精神医療への提言。結びにかえ て、梶井基次郎の『檸檬』の主人公の行動から、裡にある芸術的な心理療法の 描写を読み取りメッセージとした。
修士論文では】
・DSMへの疑問。 ・フーコーの「狂気の歴史」、「臨床医学の誕生」を踏まえた異常概念の出現 と思想上の変遷(「異常≒非理性」とされたことについて主に着目)。 ・現在「精神病(と呼ばれるもの)」の定義の考察のため森田正馬の思想「森 田療法」の今日的意義の考察。
和辻哲郎ハイデガーから「とき・ところ」の視点がグローバルスタンダー ドとされているDSMには欠落しているとの指摘。 ・日本における芸術(主に絵画)療法の可能性(八王子市平川病院造形教室の 歴史と取り組みから)。 ・現代日本の精神医療への提言(仏ラ・ボルド病院のしくみから) という構成で書きました。